今 週 の レ シ ピ

・アドバンスクラス(3月第1週)のメニューより

●豚バラ肉の蒸(む)し物    145kcal. 塩分1.6g(付け汁を全部使った場合)

豚バラ肉の蒸し物 [材料]  -6人分-

・豚バラ肉200g
  塩小さじ1/2
  酒1/2カップ
◎薬味
  日本葱(にほんねぎ)1本
  生姜(しょうが)1かけ
◎付け汁
  醤油(しょうゆ)大さじ3
  蒸し汁大さじ3

[作り方]

  1. 豚バラ肉は、丸のまま塩で味付けをする。
  2. 中華丼に豚肉を入れ、酒をかけ、中華セイロで30分くらい蒸(む)す。
  3. 熱がぬけたら、肉を薄切りにして大皿にならべ、日本葱と生姜のせん切りの薬味をそえる。醤油と蒸し汁を合わせ、付け汁としてそえる。
ポイントはここ
  • 豚バラ肉は、巾3〜4cmで、200g用意します。
  • 蒸すために使う丼は、中華そばを食べるような、浅く平らなものにします。
  • 酒をかけて、強い蒸気(じょうき)を上げて、30分くらい蒸します。
  • 蒸した丼に入れたまま、肉から熱がぬけるまでおきます。

    中華丼に入れる 中華セイロで30分 冷めるまで

  • 日本葱は、まわりの白いところをせん切りにし、さらします。
    生姜はできるだけ細いせん切りにし、冷水に放ってさらし、水気を切ります。
  • 肉は厚さ3〜5mmの薄切りにし、大皿のまわりにならべ、中央に薬味を飾ります。
  • 付け汁は、蒸し汁と醤油を、好みに混ぜて使いましょう。
ちょっと一言
    蒸し汁を充分冷やす
  • 蒸し汁は熱がぬけたら、冷蔵庫で充分冷やします。上に、脂肪が白く固まります。それを取り除いた汁を、付け汁に使います。
  • のこった蒸し汁は、中華出し汁の一部に使ってください。取り除いた脂肪も、炒め物に使えます。
【野口料理学園】
塩 ひ と つ ま み

■食舌

ドイツ人の奥さんがお稽古に来ています。日本語はできません。こちらも負けず劣らず(?)、ドイツ語はダンケシェンだけなので、コミュニケーションは英語でおこなっています。おたがいに外国語をつかっているわけです。

自分の英語力のつたなさはさておき、相手も外国語で話しているんだということがよくわかります。「なるほど、その単語で来たか」「じゃ、こちらはこの表現で」といった調子で、ゲームのような感覚で応対します。わからないときは身振り手振り、さらには鍋・釜、調味料、野菜などまわりにある実物(教材)を駆使してなんとか意志を通じ合っています。下手は下手なりに(私の方ですが)たのしいですし、あっという間に時間がたっていきます。

どちらかが母国語をつかうと、こうはいかないでしょう。わかりすぎると、却ってわからない場合のストレスが高じて(そのほうがはるかに多い)、疲れてしまうでしょう。母国語ではないから「まちがってあたりまえ、通じれば儲けもの」といった考えが底にあって、気を楽にさせているのかもしれません。

母国語とは、「自分が生まれた国や所属している国の言語」(『大辞林』)です。もちろん、わたしにとっては日本語です。ただし日本人でなくても、日本語をわれわれとおなじように話す人はたくさんいます。日本に生まれ、あるいは小さいから日本に住み、日本人と暮らしていると、かわりなく日本語を話すことができます。

このあいだの北朝鮮サッカーチームの代表になったふたりの在日Jリーガーとか、ときどきテレビに映る日本生まれ、日本育ちの外国人のタレントさんをみればわかるように、国籍がちがったり容貌がことなっても日本語は「母国語」になりえます。

逆に、日本人であっても、外国に生まれたり、日本語を話さない環境で成長すると、母国語であるはずの日本語がわからないことになります。いわゆる「中国残留孤児」の人たちは、この中に入るでしょう。つまり、日本語が母国語でない日本人、日本語が母国語の外国人、という存在は、日本人イコール日本語と思い勝ちな日本人を戸惑わせることになります。

「母国語」から「国」を取って、「母語」とするとわかりやすいです。「母語」とは「ある人が幼児期に周囲の大人たち(特に母親)が話すのを聞いて最初に自然に身につけた言語」(『大辞林』)。ですから、国や人種に関係なく、日本語を日本人同様に話す場合に、日本語が母語であるといえます。それが、二つの言語にわたるバイリンガル、あるいはそれ以上のマルチリンガル(複数の言語を母語とする人)がいるのです。

これは「食」とも共通点がありそうです。「母国食」「母食」ということばはありませんが(「国民食」はちょっと意味合いがちがいます)、仮にあるとして、日本人にとってのそれは日本食(和食)です。おなじように、日本人でなくても日本食を「母食」とする外国人はいますし、日本人でも日本食を知らないで育つ日本人がいるのは前述の通りです。

そこで気になるのは、ひとりの人間が二ヶ国語以上を母語として話すように、味覚においても「二ヶ国食」以上を「母食」とできるものでしょうか。答えは、「可」、でしょう。

今のわたしたちの食習慣をみればわかります。日本人好みにアレンジされてはいるものの、中国料理は完全に家庭の食卓に入っていますし、韓国料理もそうなりつつあります。パンだって、とっくの昔にごはんの存在を脅かすほど浸透しています。

「母食」、つまりは「おふくろの味」です。そのおふくろの味が、中華だったり洋食だったりするのに、なんの違和感も抵抗感もありません。いったいに、日本人は「語学ベタ」「語学オンチ」といわれるほど外国語が苦手とされていますが、こと食に関しては、「食ベタ」「食オンチ」ではなさそうです。それどころか、数カ国の料理を受け入れることのできるマルチリンガル、おなじ「舌」でも「話舌」ではなく「食舌」にたけた、それもかなりのレベルに達した民族なのではないでしょうか。


§【ご意見、ご感想をお寄せください。ご質問もどうぞ。】 ichiban@kateiryouri.com


ホーム 月別 ジャンル別 これまでのお菓子 これまでのジュニア 学園案内 ケーキ屋さん