■トバッチリ

俗に「食い物の恨みは恐ろしい」といいます。これに絡んだ事件が、この1ヶ月間に2度もありました。
ひとつは3月１６日、札幌で８０歳の夫が73歳の妻を、夕食のおかずが多すぎると文句をいった挙句、タオルで首をしめて殺した事件。それからひと月もたたない4月8日、こんどは横浜のレストランで、若いカップルが何を注文するかでもめ、男性が相手の首にナイフを突き刺して怪我をさせた事件。いずれも食べ物が介在している点で、「食」にたずさわる者としては無関心でいられません。

札幌の老夫婦は、ともに積み上げてきた何十年という歴史が、一瞬にして崩れ落ちました。それも夕食時、おかずが「多すぎる」と腹をたてたのだそうです。おかずが「足りない」ならまだしも、「多すぎる」と殺されたのですからたまりません。

一方若いカップルのほうは、レストランで何を食べるかで口論となって切りつけたのだとか。これもわけがわかりません。いったいぜんたい、言い争うほどのことでしょうか。まったく子供じみています（子供に悪いかな？）。別々の品を注文して、それぞれが好みで食べればよいのです。それができるのがレストランなのですから。

どちらのケースも、日頃から折り合いが悪く、喧嘩が絶えなかったといいます。両者の関係はとうに破綻していたのでしょう。諍（いさかい）いの元は、食べ物ではなさそうです。たまたま発火装置となって働いたにすぎません。「食い物の恨み」ってこんなものではないはずです。なにかの事情で、食べ物を口のなかに入れられない状態からトラウマになることでしょう。

根底にあるのは、食の欠損です。食べ物を欠く場合と、食べる物はあるけれど、食べる状態にないことです。食べる状態にないというのは、たとえば健康を損ねるとか、BSEやSARS、鶏インフルエンザなど外縁的な要因にさえぎられて食べさせてもらえない場合などがあります。この程度なら、「無念」で済みます。ところが、イタズラや意地悪・嫌がらせの軽微なものから、露骨で執拗な悪意に満ちた個人的な仕業によるものになると、無念の針が振り切れて「恨み・つらみ」となり、「恐ろしさ」が付いてまわります。

二つの事件をみると、その種の深刻な「食の恨み」というものは感じ取れません。恨みの対象が「食い物」ではなさそうです。札幌のおじいちゃんなど、おばちゃんを恨みに思うあまり、作ってくれる料理にたいしてそれが向けられ、「坊主憎けりゃ袈裟まで」といった逆恨みの観があります。また横浜の若い男性が振り回した凶器は、レストラン備え付けのナイフではありません。自分のものです。なにかあったら使おうと携行していたのは明らかで、凶行の現場はレストランではなく、札幌とおなじように自宅だったかもしれないのです。

それがなぜ、掃除や洗濯やテレビを観ているときでなくて食事時だったのか。おそらく日常でいちばん回数が多く、しかも二人に共通した行為だったからにちがいありません。その意味では必然といえるし、とんだトバッチリと言えなくもありません。本当なら、おいしい物を食べて楽しいおしゃべりをしながら過ごす幸せな時間帯です。そうはならないで、ののしり合い、傷つけ合っていたかと思うとやりきれません。逆にふだんは冷えた仲でも、このときだけは静かな気持ちで相手と向き合える「温もりのひととき」であって欲しかったと思います。

＜これまでの塩ひとつまみ＞

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