塩 ひ と つ ま み |
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■野暮な条件ブラジルに単身赴任していた夫がもどってきました。まる2年いました。このほど、その間の食生活の“全貌”があきらかになりました。といっても、ほとんどは外食です。結果、体重が3キロ増量。一時は5キロにせまり、さすがに危機感をおぼえて、終盤の5ヶ月は自炊に切り替えることでなんとか1キロ減の3キロにとどめた、とかなんとか本人は得意げに語ります。
赴任地はサンパウロ、それも日系人が多く住む「東洋街」とあって、日本食のほかに中華料理、韓国料理のレストランが目白押し、外食族にはコタエラレナイ場所です。ブラジル食も負けていません。安くてボリュームがあっておいしいと3拍子そろっています。が、なにしろ脂っぽくてカロリーが高い。毎回食べていたら、それこそ5キロ増はあっという間です。よほど強い意志でもって食欲をコントロールしないと、あとで泣きをみることになります。20年ほど前、半年に1回のペースで4回サンパウロを訪ねた経験からしても、2週間の滞在でさえ、帰国後の体重計が気になったくらいです。
1週間のメニューをざっときいてみました。
朝食は、食パン2枚にチーズとサラミをはさんだものを2セット、オレンジ2個をしぼってコップ1杯、バナナ1本、これにコーヒーです。食パンは、片言の日本語を話す台湾系中国人のお店にあります。形といい、やわらかさといい、日本のそれとほとんどかわらず、夕方、油断をしていると売り切れてしまうほどの人気です。昼食は、お気に入りの定食屋さんをみつけたようです。日系人夫婦の経営で、ブラジル食のほかに和食があるのがミソです。ほうれん草と白菜にショウガがかかったおひたし、きゅうりの酢の物、大根やナスの漬物、ごぼうとにんじんと大根の煮しめ、野菜のてんぷら、豆腐、焼きそば、魚のフライ、白いご飯のほかにカレーライス、お寿司、お赤飯、五目ごはんなどなど。
一品ずつ熱を通した器に盛ってあるので、お客はいつでも温かいものを好きなだけお皿に取ることができます。それを計量器にのせると自動的に料金がでて、食べたあとに出口の会計で払う、“ポル・キーロ”(量り売り)というシステムです(あちこちにあります)。
私も実際に利用してみて(3月、娘と1週間だけブラジルを訪問)、とても合理的な方法だと思いました。まず、調理済みなので待つ必要がありません。主食、主菜、副菜、デザートなど、ざっと50種類をこえる中から、好きな物を好きな分量、選ぶことができます。値段も安い。食べきれないほど取っても500円になりません。
献立は部分的に毎日かわります。ブラジル食の場合、曜日でメニューがきまっています。これに、和食とときどき中華がまじって、毎日通っても飽きることがありません。もちろん和食・ブラジル食ともにいくぶん濃い目ながら味はわるくありません(他の店はもっと濃い)。
「一日の栄養をここでとる」と、主人は全幅の信頼をおいていました。でも難点がふたつあります。ひとつは職場からすこし遠いこと。健脚の人なら10分ですが、すこーし傾斜がかかった道なので、私など往きは少々きつかった。雨が降ると、さすがに主人も近場をとるようです。もうひとつは、このお店がお昼しかやっていないこと。夜と休祭日は営業していません。できれば、下宿屋さんのように毎食でもここで食べたかったようです。
では、夕食はどうしたかといいますと…。ほとんど下戸の主人ですから、およそ飲み屋さんとは無縁です。“純粋に”食べることに専念します。曜日ごとに行きつけのお店をもっていました。ただし、和食屋さんだけではありません。ブラジル食のお店もその中に入っています。これも理由は2つほど。まず、食事にバラエティーをもたせること。エサではないのですから、おなじ食べるならたのしくおいしく、それに栄養のバランスも考えてのことです。
さらにもうひとつは料金です。なんといっても日本食は高い! 定食だと安くても1200円は超えます。これに比べてブラジル食は半値以下(本格的なレストランではなく、「バール」と呼ばれるコーヒーなどの飲物のほか軽食をだすお店です)。しかも量が多いので、ついつい食べ過ぎてカロリーを超過。ある意味、ぜいたくです。「健康を考えると和食、懐と相談するとブラジル食」の兼ね合いがむずかしいところです。(両立させる「妙案」はあります)。
さて、日本食レストランといっても、かならずしも日本人が調理しているとはかぎりません。看板に日本食をかかげていながら経営者はブラジル人であったり中国人であったり、韓国人であったりもします。また調理人も一様ではありません。むしろ、看板と経営者と調理人は一致しないのが普通とみていいでしょう。
組み合わせはいろいろです。たとえば、例の主人行きつけの定食屋さんは、看板はブラジル食、経営は日系人、実際に調理しているのはブラジル人という具合です。昔は夫婦でつくっていたでしょうが、今は調理場はブラジル人に任せ、おかみさんはお皿の計量係、ご主人は会計係におさまっています。
◎1週間の夕食を表にすると、つぎのようになります。
看板 経営者 調理人 月 和食(A店) 日本人 日本人、ブラジル人 火 ブラジル食(Aバール) ブラジル人 ブラジル人 水 ラーメン(専門店) 日本人 日本人、ブラジル人 木 和食(B店) 日本人/韓国人 日本人、韓国人、ブラジル人 金 トンカツ(専門店) ブラジル人 ブラジル人 土 ブラジル食(Bバール) ブラジル人 ブラジル人 日 上記の1店と和食(C店) (C店)日本人 日本人、ブラジル人 水曜のラーメン屋さんは、日本からの進出企業を定年退職した人が日本で修行をして開いたお店。金曜のトンカツ屋さんは、はじめ日本人がやっていたのを日系人が受け継ぎ、それがさらに非日系のブラジル人に経営も調理もかわりました。屋号はずっとおなじですが、さすがに味が落ちてしまい、いかなくなったとか。日本人と韓国人の夫婦でやっているのが木曜の和食(B店)、メニューが豊富なうえ、和食店ではいちばん値段が安い。土曜のブラジル食(Bバール)のウエイターがひょうきん者で愛想がよく、唯一チップをわたしていたそうですが、下町にあって、治安がわるいのが玉にキズ。日曜・祭日の昼は、上記のお店の中から選び、夜は和食(C店)。ここは変則で、昼すぎから明け方まで営業し、アパートにすぐ近いこともあって時間調整にとても重宝したとか。つまり、休日も返上で仕事をしていた? したがって食事も歩いていける範囲に限定された? 本当でしょうか。いくらなんでもまじめすぎません?
表の「調理」欄をみると、どこにもブラジル人が入っているのがわかります。そうです、和食でも非日系の板さんはめずらしくありません。それがお寿司屋さんとなると、サンパウロ市に500件ほどもあって、いわゆるスシマンは圧倒的に非日系ブラジル人が占めています。当然お客さんもブラジル人が主体。日本食はブームというより、完全にむこうの社会に定着した感じです。
今回の訪問で、私自身もみました。サンパウロ州の南にあるパラナ州の州都クリチーバという町です。大きなブラジル食のレストランにご招待を受けました。広いホールの一角に「寿司コーナー」もあり、粋のいい非日系の若いブラジル人3人が、お寿司を握ったり巻いていました。おそろいの半纏(はんてん)と、各人一語ずつ「日本」「平和」「神風」の文字が入った鉢巻姿に、「あら、どうして神風かしら」と娘と微笑んだのを覚えています。
ところで、主人はこのローテンションで2年間通すつもりでした。それが途中でかわりました。なぜでしょう?
1年半たって、健康診断のため日本に一時帰国しました。この診断結果が予想外だったからです。胃カメラに白いものが引っかかったのです。病理検査までしました。結局なんでもなかったのですが、ショックのようでした。赴任前の検査ではなにもありませんでしたから。自分で、食事(夕食)のせいだと結論づけました。高脂肪、高カロリーのブラジル食のほか、日本食も味付けがかなり濃いときています。その“三悪”追放のためにのこりの任期中、自炊することを高らかに宣言したのです。(これはじつは倹約にもなって、先述したジレンマを解決する「妙案」だということに気がついたともいえます)
鍋、フライパン、計量カップ、計量スプーン、玉じゃくし、フライ返し、菜ばしなどを携えていそいそブラジルにもどっていきました。そして宣言通り、夜はすっぱり外食をやめ、自分でこしらえだしました。ご飯は毎回鍋で炊いて、一度もこがさず芯もできなかったと胸をはります。一合で二日分、おかずは交互に豚肉、鶏肉のどちらかを炒め、これにたまねぎ、なす、にんじん、ピーマン、きのこ(しいたけ、しめじ)などを加えて卵でとじる。メニューはこれだけで究極のワンパターン。味噌も売っていますから、ちゃんと味噌汁も作ります。ご飯を2日のあとはうどん(具に肉、なると、ちくわ、野菜をたっぷり)を2日。これらを繰り返しながら、豆腐と納豆は欠かさず食べたそうです。
家ではまず料理はしません。登山の縦走で“山料理”は面倒がらずにやるようですから、無精ではなさそう。それに、何年もそばにいますから、“門前のおじさん”よろしく見よう見まねでこの程度のことはできたのかもしれません。しかし5ヶ月、このあたりが限度でしょう。作るにも食べるにも究極のワンパターンではさすがにマンネリ。新たなメニューを増やさないと、いずれ飽きがきます。
いいときに帰ってきたと思います。ほどほどにがんばったと誉めてあげましょう。周りからいわれてそうしたのではなく、自ら発心して実行に移した点はリッパです。欲をいえば、自分が食べるだけでなく、人にも作ってあげたいという気持ちが湧いたら満点をあげたところです。相手はだれ?、などと野暮な条件はつけませんから。
【野口料理学園】
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