塩 ひ と つ ま み |
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■柿は渋い柿の季節です。
生徒さんが、家の庭になったものですけど、と10個ほど教室に持ってきてくれました。それをのぞき込んだ別の生徒さんに
―まだだめ。熟してないから渋いよ。
と注意したところ、返ってきたことばに、おどろきました。
―渋い? 渋いってどういうの?
―・・・・・・
渋い、が分からないというのです。
―食べてごらん、分かるから。
私がむいた一片を口にすると、ヒィエー! 文字通りの渋面にかわりました。
当たり前です。渋柿ですから渋いはずです。ところがこれが当たり前ではなくなっている。近所に柿の木がないと、渋柿はしる由もありません。売っている柿といえばおしなべて甘柿。渋いまま出している店などまずありませんから、柿は甘いものと刷りこまれている。つまり、柿から渋味を連想するのが難しくなっているのです。おどろいた私のほうがおかしいのかもしれません。お茶の渋さ。これなら分かりそうです。ただ近頃の若い人だとペットボトル入りかティーパックを入れたのを飲むぐらいで、急須でいれることをあまりしないでしょうから、これもまた中途半端。それに、柿の本格的な渋さにくらべると、お茶のそれはいまいちパンチ力に欠けますよね。
渋柿の実物があるからそれが実証できます。もしなかったら、どう説明するのか。苦味の範疇に入るのはたしかですが、それよりもっと強力で強烈、突き抜けるような、いえ反対に口と舌が縮んで押しつぶされそうなほど徹底的に苦い…。
知られているように、「味」には甘辛酸苦の4種類あります。これに日本人独特の「うま味」が加わります。昨今の世界的な日本食ブームで、鰹だしや昆布だしの微妙な味を好む外国の人たちが増えてきて、このうま味も受け入れられるようになりました。
渋味も日本独特ですが、こちらはほとんど知られていません。もともと柿はヨーロッパやアメリカにはない果物です。柿はそのままkakiのように、アルファベットかその国の文字でつづられるくらいです。ウィキペディアによれば、「shibui は英語最大の辞典であるオックスフォード英語辞典に掲載されている日本語由来の言葉の唯一の形容詞である」そうで、すくなくても英語圏では、柿も渋味もなかったことを意味します。
生徒さんの中にいる、上海出身の中国人と台湾の人にも聞いてみました。
大陸にも台湾にも柿はあるそうです。中国語では「柿子」。渋いという表現もあって「渉」と書きます。ただし意外にも、渋さは柿からはイメージされません。お茶からということで、柿と渋味は直結しないというのです。ネットでみると、中国以外にも柿を食べている国は東アジアを中心にいくつかあります。生産量からいうと最大の中国をはじめ韓国、日本、ブラジル、イタリア、イスラエル、ニュージーランド、オーストラリア、イランなど世界中にまたがっています。このように柿を作ったり食べたりする国々はありますが、日本のように柿と渋味を一致させる味覚をもったところは、絶無とはいえないまでも、その可能性はかなり低そうです。
柿があり渋味を理解しているところでも、おそらく日本をおいてはない感覚があります。食とは関係なく使われる「渋さ」です。「渋い顔」「渋い(ケチ)男」のような不機嫌で不快なマイナス表現もありますが、他方、人生を知り尽くしたような中高熟年男性がかもすなんともいえない「渋い魅力」は、私でなくても老若の別なく世の女性がうっとりしてしまいます。苦い上にも苦い渋さのなかに、ゆるぎない深みと落ち着きと複雑で重層的な心地よさ、なんともいえない人間的魅力がただよいます。渋味が一転、甘味にかわるのです。このどんでん返しが快感をもよおします。
一見して地味で変哲もないありふれたものが、不思議な存在感をもって迫るワビ・サビに通じていそうです。他の国の人々にはなかなか分からないこうした日本的な美意識が、一種特殊能力めいた魅力となって私たち日本人のアイデンティティーのひとつになっている、といったら過言でしょうか。
【野口料理学園】
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