塩 ひ と つ ま み

■センチメンタル・ジャーニー 

先週のベーシッククラスのメニューは、ロールキャベツでした。
「先生、こんなおいしいロールキャベツ、初めてです」
感激した面持ちでその生徒さんは言いました。
「私もね、若いころ都内の洋食屋さんで飛びっきりおいしいロールキャベツに出会って感激したものよ」
女子大生になりたてのころです。いくら食べてもお腹を空かしていた年齢でした。おなじころ、若かりし主人も、おなじ時期に食べにいってその店のおいしさを知っていました。

「先生、おいしくなかった!」
昨日、お稽古にきた彼女の開口一番です。ブゼンというか、なんともがっかりした表情です。
今でもやっているはずよ、という先週の私のことばを聞いてネットで調べ、早速週末に友達を誘ってその洋食屋さんに食べに行ったそうです。

「学校のような味じゃなかった。ぜったいこっちの方が勝ってる」
褒められて嬉しいのですが、つぎのことばにそれは吹き飛びました。
「おいしいロールキャベツを作る先生が絶賛するロールキャベツってどんなんだろ。ぜひ食べてみたいと思ったのに。先生の味覚を疑っちゃう」

思ったことをズバリと言う彼女です。行動力もあります。そうした性格や物言いは私は好きですが、そのときの私の顔を想像してみてください。(おそらくですが)褒められて貶されて目はびっくり、頬のあたりはほころんで、口元はなんとこたえたらいいか分からずの半開き。期待外れは私もおなじです。味覚を疑われた恥ずかしさも混じって喜んでいいのか悲しむべきか、形容のしようがない困惑した表情だったにちがいありません。

私は頭の中でホコリをかぶった当時の記憶をたぐり寄せ、そのデータを急展開で反芻しました。
店に入って、注文するとすぐに出てきました。深さのある一枚の皿に、ごはんとクリームの煮汁がかかったロールキャベツが盛り付けてあります。私の家のロールキャベツとは違っていましたが、本当においしかったのを憶えています。

なにが違うかというと、かけ汁です。家(教室)では、キャベツを塩味で煮て、柔らかくなったところでその煮汁にウスターソース、トマトケチャップを入れてソースを作ります。その店のはロールキャベツをホワイトソースで煮込んだクリーム煮といったところです。ロールキャベツとはいいながら、タイプの違う、別物といったほうがいいでしょう。

彼女もこのソースの違いは認識していました。でも、おいしくなかったという評価は曲げません。私は私で、不遜かもしれませんが、48年前(当時18歳)の自分の味覚が未熟だったとは思いたくありません。となると、考えられるのはつぎの点でしょうか。

サイトで見る限り、店は開業当時とおなじ味で作っていると謳っています。そうはいっても長い年月が経っていますから、おなじ人が調理していても時代というかお客の好みに合わせて変えてあるか、あるいは、調理人の代替わりがあって味が変化した可能性もあります。いつか、当時を知るもう一人の人間(夫)と、確かめてみたい気になりました。

でもすかさず彼女から、グサッと遠慮のない直言がきそうです。
「先生、それって味の検分にかこつけたセンチメンタル・ジャーニーじゃないですか」

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【野口料理学園】

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