塩 ひ と つ ま み |
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■負の項目4月、娘が県外に就職、社会人としてのスタートを切りました。親としては子供が一日でも早く仕事に慣れ、職場でうまくやっていくのを願うばかりですが、それより、生涯の良きパートナーを見つけてくれたらいいのにと思うのが本音です。その点でいうと男親のほうが、表向き心配はするものの、同性にたいする目がいたって厳しく、注文も具体的でさまざまなブレーキをかけてきます。
「相性からいえばО型だ」
「茶髪、長髪、リーゼントは言語道断」
「おしゃべりなやつはやめろ」
「理系がいいぞ」
「指輪とか腕輪(ブレスレット)、耳輪(イヤリング)、首輪(ネックレス)などワッカを着けている男は信用するな」
etc.独断と偏見のオンパレードです。余計なお世話ですよ、選ぶのはあなたじゃないんですから、と言ってもだめ。親心だ、とか何とかいって、本人そっちのけで自分の好みを並べ立てます。どうも男親というのは、特有の防衛本能(娘にたいして)と拒絶反応(相手の男性にたいして)のようなものがあるようです。
といって、私が賛成できるものも中にはあります。
「好き嫌いの多いのはよせ」がそれです。本来は食べ物のことですが、人間関係とダブらせているようです。「偏食」は「偏人」に通ず、が主人の持論。料理同様、人間も噂や先入観、見た目、第一印象だけの速断で色分けしてはいけない。また、自分の好みで対応態度を変えない。自分の目と舌でじっくり判断し、気に入らないタイプだからといってぞんざいな扱いをしてはならない、の意味でしょう。わかる気がします(もちろん男、女は問いません)。アレルギーとちがい、偏食は改善の余地が大いにあります。食べなかったり食べられなかったりしたものが、料理の仕方によって食べられるようになる、もしくは嫌いなものが大好きになったという生徒さんは、枚挙に暇がないほどです。
ひとつだけ例をあげましょう。
いま通っている生徒さんです。春菊がだめでした。ご存知のように、独特の強い香りを発します。苦手とする人は少なくありません。彼女も子どもの頃から嫌いでした。鍋料理に入っていると、かならず避けていました。
先月(5月)のお稽古で「涼拌蕎菜(リャンバンホウツァイ)」に出会います。中国風おひたしで、春菊の上に錦糸玉子をかざり、酢・醤油・ごま油・塩に砂糖を隠し味に入れたタレをかけて食べます。ここで彼女は勇気を出して一歩踏み出しました。あれっ、食べられた。ごま油が、春菊のツーンとくる香りを抑えてくれたのです。
「春菊って意外においしい!」
これまでのイメージが劇的にかわった瞬間でした。ただ、いまだにそのままの人もいます。小学校の給食でだされた肉料理が、たまたまそのときがまずかったのか、自分では食べたくなかったのにいやいや食べさせられた。それ以来、肉が嫌いになって今もって食べられない。食べて具合が悪くなるわけではないとわかっていても手がでない、だせない。過去の出来事が一種のトラウマとなって尾を引いているのです。
かくいう私もそれに近い経験者です。
対象は「揚げパン」。やはり小学校の給食でした。といっても、時代はぐーんと遡ります。進駐軍の援助物資があふれていた?十年(半世紀以上)も前の話です。小麦粉がそうだったように、おそらく揚げ油も、上に乗せる砂糖も配給だったでしょう(確信はありませんが)。そうでなくてもまずいパンを、さらに質の悪い油で揚げてあるからたまりません。臭いで鼻が曲がりそうでした。食べたくなかったのですが、給食だから残すわけにはいきません。「残すのは悪いこと」の教えが沁みついています。だから罪悪感が伴い、恥ずかしいことでした。ムカツク胸をおさえ、無理やり口の中に押し込んだものです。揚げパンというと、いまだにこの忌まわしい記憶が蘇ってきます。現在の揚げパンは、パン自体の味も格段に向上し、上質の油や砂糖を使っているので、昔のそれではありません。おいしいはずです。それでも理屈ではわかっていて、どうしても食べる気が起きないのです。揚げパンに罪はありません。
「揚げパン」は、私の食物史における「負の項目」です。
【野口料理学園】
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